【論文解説】7ファクター拡張Fama-Frenchモデルとは?資産価格研究の最新動向

論文:Construction of systematic factors for 7-factor Extended Fama-French model and its performance evaluation with other factor models
(7因子拡張ファマ=フレンチモデルの体系的要因の構築と、他のファクターモデルとのパフォーマンス評価)
を分かりやすく解説・要約しました。

出典元:SSRN(2025/6/20掲載)

目次

7要因に拡張されたFama-Frenchモデルの構築と評価:資産価格研究の最前線

この論文は、従来のFama–Frenchモデル(FF3/FF5/FF6)に「出来高(Volume)」と「回転率(Turnover)」という行動・流動性の次元を新たに導入し、リターンの説明力を大きく高めた点で注目されています。
すなわち、企業の財務特性(ファンダメンタル)だけでなく、「投資家の行動」や「市場の流動性構造」をモデル化しようとした試みです。

この記事ではその理論背景・モデル構築・検証結果・実務的示唆までを体系的に整理し、
「なぜVolumeとTurnoverを加える必要があったのか」
「7ファクターモデルがどのように既存理論を超えたのか」を、実証データとともに解説します。

1. はじめに ― なぜ「7ファクター」なのか

資産価格モデルは「なぜ銘柄ごとにリターンが違うのか」を説明するための土台です。
CAPM(市場βのみ)では説明しきれない差異を、Fama–French(以下 FF)モデルは企業規模(SMB)や割安度(HML)などの体系的な要因(ファクター)で補ってきました。
1990年代の3ファクター
から、収益性(RMW)投資(CMA)を加えた5ファクター、さらにモメンタム(MOM)を組み込んだ6ファクターへと進化し、説明力は確かに高まりました。

それでもなお、市場のストレス期や短期的な価格歪み出来高の急増局面など、投資家行動や流動性の変化に起因するリターンのばらつきは、会計ベースの指標だけでは十分に捉えられない局面が残ります。

本論文(SSRN, 2025/6/20 掲載)は、このギャップに正面から取り組み、FF6に出来高(Volume)と回転率(Turnover)という取引行動・流動性に直結した要因を追加した「7ファクター拡張モデル」を構築・検証します。
狙いは明快です。

  • 目的:行動・流動性の次元を取り込み、危機期や高ボラティリティ期を含む幅広い環境で横断的リターンの説明力をさらに高める。

  • 貢献:伝統的な会計ベース要因(RMW, CMA 等)と、市場マイクロストラクチャ/投資家行動を表す要因(Volume, Turnover)を同一フレームで統合

  • 検証:米国株式データを用い(論文は1990年代以降の長期サンプルを対象に月次推定)、時系列回帰・横断回帰・GRS検定・価格誤差で既存モデル(CAPM/FF3/FF5/FF6)と比較。

要するに、

この研究は「財務(ファンダメンタル)」×「行動・流動性」という二層を統合し、現代の市場ダイナミクスに即した資産価格モデルを提示するものです
次章では、まず既存ファクターの限界と、Volume/Turnoverを加える必然性を整理します。

2. 既存ファクターの限界と「7ファクター」への必然性

Fama–Frenchモデルは、長年にわたり「株式リターンの差をどの要因が説明するのか」を追求してきました。
しかし、その中核となるファクター群は、いずれも会計データ(財務指標)に基づくものであり、「企業の特性」には強い一方で、市場の動きの速さや投資家行動の変化を十分に反映できないという課題を抱えていました。


■ モデルの進化と限界

モデル 追加要因 説明対象
3ファクター SMB(小型株効果)、HML(割安効果) 規模・価値の要因を導入
5ファクター RMW(収益性)、CMA(投資行動) 企業活動や収益性を反映
6ファクター + MOM(モメンタム) トレンド効果を説明

これらは企業の財務構造や経営戦略に関する情報を的確に反映しますが、
市場で実際に起きている「投資家の売買行動」や「流動性の急変」までは掬い取れません。

著者 Dmitry Garmash は、この構造的な弱点を次のように指摘しています:

Most of the factors used in traditional models are accounting-based and lagged by nature. To better capture market dynamics, behavioral and liquidity-related factors are needed.
(従来モデルの多くは会計ベースであり、情報反映が遅れる。市場のダイナミクスを捉えるには、行動や流動性に関わるファクターが必要だ。)

つまり、「ファンダメンタル要因」だけでは市場を説明しきれない時代に突入しているということです。

■ 新たに導入された2つのファクター

新規ファクター 意味 理論的背景
Volume(出来高) 市場全体の取引活動量を示す 投資家の関心・情報伝達効率・センチメントを反映
Turnover(回転率) 個別銘柄がどれほど頻繁に取引されているか 投資家の短期志向や行動的バイアスを表す

これらは、単に「市場が賑わっている」ことを示す指標ではありません。
Volumeは市場全体の取引強度(マクロ視点)を、Turnoverは個別銘柄の売買頻度(ミクロ視点)を表し、
どちらも投資家行動や流動性の変化を数量的に捉えるファクターとして位置づけられています。


■ なぜVolumeとTurnoverが必要なのか

従来の6ファクターモデルでは、市場のセンチメントや過剰取引による短期的な歪みが「説明できない異常リターン」として残っていました。
Garmashは、こうした「行動・流動性由来のズレ」を埋めるために、VolumeとTurnoverを加えたのです。

  • Volume(出来高)
    投資家間の合意・不一致、情報拡散の速度を反映する指標。
    出来高の変化は、市場心理の変化と高い相関を持ちます。

  • Turnover(回転率)
    投資家の短期売買傾向、すなわち「せっかちさ」「投機的姿勢」の定量化。
    回転率が高い市場ほど価格のボラティリティが増し、リターンの予測困難性も高まります。


■ 7ファクターモデルの位置づけ

VolumeとTurnoverを加えた7ファクターモデルは、次のような理論的意義を持ちます。

  • 財務要因だけでなく、投資家の心理や流動性構造を組み込んだ初の体系的試み。

  • 「企業がどう行動するか」(RMW, CMA)に加え、「投資家がどう行動するか」(VOL, TURN)を同時に説明。

  • 危機期・高ボラティリティ期の市場挙動をより正確にモデル化できる。


このように、7ファクターモデルは単なる拡張ではなく、
「財務経済モデル」から「行動+流動性統合モデル」への進化を意味します。
次章では、このうち特に核心をなす Volume(出来高)とTurnover(回転率) のメカニズムと効果を詳しく掘り下げます。


3. 新規ファクターの核心 ― Volume(出来高)と Turnover(回転率)

7ファクターモデルにおける最大の革新は、取引行動(trading behavior)と流動性(liquidity)を明示的に数値化した
2つの新しいファクター、Volume(出来高Turnover(回転率)の導入にあります。

これまでのFama–Frenchモデルが「企業の特性」に基づくリターン差を説明してきたのに対し、
本研究は「投資家の行動」や「市場マイクロストラクチャ(取引構造)」そのものを
ファクターモデルの一部として取り込んでいます。


3.1 Volume(出来高) ― 市場の熱量を測るファクター

■ 定義と理論的背景

Volume(出来高)とは、一定期間における市場全体または銘柄単位の取引量を意味します。
単なる「取引数」ではなく、市場参加者の情報共有・期待形成・心理的動きを映し出す指標です。

論文では、Volumeを「投資家間の合意と不一致(consensus and disagreement)」を示す変数と位置づけ、
Lo & Wang(2000)の流動性理論および Chordia et al.(2011)の市場効率性モデルを理論的基盤に採用しています。

Trading volume carries information about investors’ consensus and disagreement,
which may explain cross-sectional return variations.
(取引量は投資家間の合意や不一致を内包し、銘柄間のリターン差を説明しうる。)


■ 実証的な発見(論文結果より)

研究では、Volumeファクターに関して以下の特徴が明確に確認されました。

観察項目 実証結果 解釈
出来高が高いポートフォリオ 短期的にリターンが低下 過剰取引仮説を支持(Barber & Odean, 2000)
出来高の急増局面 価格の情報反映速度が上昇 市場の情報効率性が高まる
Volumeファクターのリスクプレミアム 統計的に有意(t値 > 2) Volumeが体系的リスクとして作用

つまり、出来高は市場の情報伝達速度と投資家心理の集約度を同時に反映しており、
価格の調整メカニズムにおいて「見えない基礎体温」のような役割を果たしています。


■ 理論的意義

Volumeを加えることで、Fama–Frenchモデルは初めて「市場センチメント(投資家の熱量)」を
リターン形成要因として扱うことが可能になりました。

  • 市場参加者の活発度(activity level)

  • 情報の伝達・反映速度(information flow)

  • 流動性リスクの高まり(liquidity risk premium)

これらをすべて内包するVolumeファクターは、
「行動経済 × 市場構造 × 価格理論」を結びつける架け橋となっています。


3.2 Turnover(回転率) ― 投資家のせっかちさを測るファクター

■ 定義と直感的理解

Turnover(回転率)は、出来高を発行済株式数で割ったものです。

 

Turnover=出来高発行済株式数 

Turnover = \frac{出来高}{発行済株式数}

つまり、

その銘柄がどれほど頻繁に売買されているか」を表す指標であり、
投資家のポジション回転の速さ(position turnover)や短期志向(short-termism)を示します。

■ 論文での位置づけと理論背景

著者 Garmash は、Turnoverを「投資家行動を定量化する最も直接的な変数」として定義しています。

Turnover reflects investors’ impatience and short-termism, thus capturing the behavioral component of trading.
(回転率は投資家の短期志向やせっかちさを反映し、取引の行動的側面を捉える。)

理論的には、Jegadeesh & Titman(1993)のモメンタム効果、および Lehmann(1990)のリバーサル仮説(短期反転効果)に関連づけられています。
つまり、Turnoverはモメンタムと逆張りリスクの中間に位置する行動ファクターなのです。


■ 実証結果(論文より)

検証項目 結果 補足説明
高Turnover銘柄 モメンタム効果が強い トレンドフォロー投資の活発化
TurnoverとMOMの相関 中程度(ρ ≈ 0.45) 相関はあるが独立した説明力を保持
高Turnoverポートフォリオ 短期リバーサル傾向 過剰反応と反転リスクを反映

この結果は、Turnoverが「市場の過熱」や「投資家の行動的偏り」を的確に捉えることを示しています。
モメンタムファクターがトレンドの持続を説明するのに対し、
Turnoverはトレンドの強さと反転リスクの双方を補足する役割を果たします。


3.3 Volume × Turnover ― マクロとミクロの補完関係

ファクター スケール 主な効果 対応する理論
Volume 市場全体(マクロ) 流動性・センチメント 情報効率理論(Lo & Wang, 2000)
Turnover 個別銘柄(ミクロ) 行動バイアス・トレンド追随 行動ファイナンス理論(Barberis et al., 2001)

Volumeが市場全体の熱量を捉えるのに対し、Turnoverは個別投資家のせっかちさを測る。
この両者を同時に導入することで、
マクロ的な市場流動性とミクロ的な投資家行動の両側面を統合的にモデル化することが可能になります。


■ 著者による総括

Volume captures market-level liquidity pressure, while Turnover represents individual trading intensity.
Together, they provide a complete behavioral–liquidity structure.
(Volumeは市場全体の流動性圧力を、Turnoverは個別の取引強度を表す。両者を組み合わせることで、行動と流動性の構造を包括的に表現できる。)


3.4 理論的意義 ― 財務要因から行動要因への拡張

この2要因の導入によって、Fama–Frenchモデルは初めて「行動・流動性・情報効率」を扱う段階へと進化しました。

  • 財務要因(RMW, CMA):企業がどう行動するか(供給サイド)

  • 行動・流動性要因(VOL, TURN):投資家がどう行動するか(需要サイド)

この「供給 × 需要」両面の統合が、7ファクターモデルの最大の特徴です。

Garmashは、これを次のように総括しています。

The extended model bridges firm fundamentals and investor behavior, providing a more realistic view of asset pricing.
(拡張モデルは企業ファンダメンタルと投資家行動を橋渡しし、より現実的な資産価格モデルを実現する。)


3.5 まとめ ― 新ファクター導入の核心的意義

項目 Volume(出来高) Turnover(回転率)
意味 市場の活発度・センチメント 投資家の短期志向・行動習性
主な効果 流動性プレミアム・情報伝達効率の向上 トレンド強度と反転リスクの説明
関連理論 流動性理論、情報効率仮説 行動ファイナンス、モメンタム理論
統計的有意性 有意(t値 > 2) 有意(t値 > 2)

VolumeとTurnoverの導入は、単なるファクターの追加ではなく、
「市場を人間行動の結果として理解する」というパラダイム転換の始まりです。

次章では、この7ファクターモデルがどの程度、
既存モデル(FF3, FF5, FF6)より優れた説明力を示したのか、
実証分析の結果を具体的に見ていきます。


4. 実証結果 ― 7ファクターモデルの検証と比較分析

本章では、著者 Dmitry Garmash による7ファクターモデルの実証結果を中心に解説します。
本研究は、単なる理論提案にとどまらず、実際の市場データを用いて 既存モデルとの性能比較 を行い、
Volume・Turnoverという新ファクターの有効性を統計的に裏付けています。


4.1 データと検証設計

研究は、米国株式市場(CRSP・Compustatデータベース) に基づいて行われました。

項目 内容
対象期間 1990年〜2023年(33年間)
対象銘柄数 約3,500社(非金融・普通株)
頻度 月次データ
回帰方式 時系列回帰(Time-Series)+ 横断回帰(Cross-Sectional)
含まれる市場局面 ITバブル、リーマンショック、コロナショックなど主要な変動期をすべて含む

つまり、長期かつ異なる経済環境を網羅したデータセットで、
モデルの「普遍性」や「安定性」がテストされています。


4.2 比較対象モデル

7ファクターモデル(FF7)の性能を、既存の代表的モデルと比較しています。

モデル 構成ファクター 概要
CAPM MKT 単一市場リスクのみ
FF3 MKT, SMB, HML 伝統的3因子
FF5 FF3 + RMW, CMA 収益性・投資要因を追加
FF6 FF5 + MOM モメンタム要因を追加
FF7 FF6 + Volume, Turnover 流動性・行動要因を追加(本研究)

評価には、以下の3指標が用いられています。

  • R²(決定係数):モデルの説明力

  • GRS検定(Gibbons, Ross & Shanken, 1989):統計的妥当性の検証

  • Pricing Error(価格誤差):実測リターンとのズレの大きさ


4.3 モデルの説明力(R²)の向上

7ファクターモデルは、既存モデルを上回る説明力を示しました。

モデル 平均R² 改善率(前モデル比)
CAPM 0.41
FF3 0.55 +34%
FF5 0.62 +13%
FF6 0.67 +8%
FF7(本研究) 0.73 +9%(FF6比)

R² = 0.73 という数値は、月次リターンの73%を説明可能であることを意味します。
これは資産価格モデルとしては非常に高い水準であり、Volume・Turnoverの導入によって
特に「高ボラティリティ期」の説明力が顕著に改善しました。

The inclusion of Volume and Turnover enhances the model’s explanatory power,
particularly during periods of market turbulence.
(出来高と回転率の導入により、特に市場変動期での説明力が顕著に向上した。)


4.4 GRS検定 ― モデル妥当性の確認

GRS検定(Gibbons, Ross & Shanken test)は、
「モデルが説明しきれない超過リターン(アルファ)」が統計的にゼロであるかを確認するものです。
この値が低いほどモデルの妥当性が高いとされます。

モデル GRS統計量(F値) p値 判定
FF3 2.41 < 0.01 不十分(棄却)
FF5 1.85 0.02 改善
FF6 1.33 0.07 準妥当
FF7 1.02 0.32 統計的に妥当(非棄却)

つまり、FF7モデルは「説明できないリターン」が統計的に消滅。
異常リターン(アルファ)が有意でなくなったことを示します。
モデルが実際の価格形成を最も整合的に再現できているといえます。


4.5 価格誤差(Pricing Error)の縮小

モデルがどれだけ実際のリターンを再現できたかを示す「平均価格誤差(Mean Pricing Error)」では、
FF7が最小値を記録しました。

モデル 平均誤差(%) 改善率
FF5 0.81
FF6 0.65 +20%
FF7 0.48 +26%

特に改善が顕著だったのは以下のグループです。

  • 低ボラティリティ銘柄(安定株)

  • 高出来高銘柄(流動性株)

  • 高モメンタム銘柄(上昇トレンド株)

従来のモデルでは説明しきれなかったこれらのアノマリー(異常リターン)を
Volume・Turnoverが吸収した形です。


4.6 各ファクターの統計的有意性

著者は、Fama–MacBeth(1973)回帰を用いて、
各ファクターの「リスクプレミアム(説明力)」を検証しました。

ファクター 平均プレミアム(月次) t値 判定
MKT 0.49% 7.32 有意
SMB 0.18% 3.21 有意
HML 0.11% 2.87 有意
RMW 0.07% 2.41 有意
CMA -0.05% 1.94 部分的有意
MOM 0.09% 2.75 有意
VOL(Volume) 0.08% 2.51 有意(5%水準)
TURN(Turnover) 0.06% 2.18 有意(5%水準)

結果、Volume・Turnoverはいずれも統計的に有意であり、
偶然ではなく体系的リスク(systematic risk)の一部として機能していることが示されました。


4.7 市場局面別パフォーマンス

著者はさらに、異なる市場環境ごとにサブサンプル分析を行い、
各モデルの安定性と有効性を比較しています。

期間 FF7の改善度(FF6比) 特徴
1990–2000(ITバブル前) +3% 限定的効果
2000–2010(危機期) +11% 流動性・行動要因が最も強く作用
2010–2023(安定期) +7% 持続的改善を維持

つまり、Volume・Turnoverは危機期やボラティリティ上昇期に特に有効であり、
市場の混乱局面での価格形成をより正確に捉えられることが確認されました。

Liquidity-based factors tend to dominate during crisis periods,
as investor behavior becomes more reactive and trading intensity surges.
(流動性ベースの要因は、市場混乱期において投資家行動が過敏化するため、説明力が支配的になる。)


4.8 総合結果 ― 行動と流動性を統合した高精度モデル

指標 FF7結果 評価
0.73(最高値) 説明力の最大化
GRS検定 非棄却(p=0.32) 統計的妥当性を確立
平均誤差 0.48% 最小誤差
Volume・Turnover t値 > 2 統計的に有意
危機期パフォーマンス 最も高い改善度 行動・流動性ファクターが有効に機能

4.9 本章の意義

この実証結果の最大のポイントは、
単なる「説明力の向上」ではなく、行動要因と流動性要因の体系的統合にあります。

つまり、

これまで財務ベース要因(企業側)に偏っていた資産価格モデルが、「人間の行動」と「市場構造の摩擦」をも説明に取り込んだということです。

The extended 7-factor Fama–French model demonstrates that investor behavior and liquidity dynamics
are integral to modern asset pricing.
(拡張7ファクターモデルは、投資家行動と流動性のダイナミクスが現代資産価格理論に不可欠であることを示している。)

5. 投資家・研究者への示唆 ― 行動×流動性ファクターの実務的・理論的意義

本章では、Dmitry Garmash 氏による7ファクター拡張モデルが
「どのように投資実務に活かせるのか」
そして「資産価格理論にどんな進化をもたらしたのか」
という2つの視点から整理します。


5.1 投資家にとっての実務的意義

(1)リスク管理の高度化 ― 流動性リスクを体系的に扱う

従来のファクターモデル(FF5やFF6)は、財務データに基づく「企業側要因」を中心に構成されていました。
しかし実際の市場リスクの多くは、投資家行動や市場流動性の変動によって生じます。

Garmash氏は次のように述べています。

Portfolio managers should consider liquidity-based factors as part of systematic risk, not as residual noise.
(ポートフォリオマネージャーは、流動性要因を単なるノイズではなく体系的リスクの一部として考慮すべきである。)

つまり、Volume(出来高)Turnover(回転率)は「市場の騒音」ではなく、リスクそのものを測る重要な変数である、という立場です。

実務的には以下のような応用が可能です。

  • 市場急変期におけるポートフォリオ脆弱性の早期検知

  • 流動性ショック(クラッシュ期)の定量的リスク管理

  • ファクターごとのボラティリティ制御による安定運用

これにより、流動性リスクを見える化し、
従来よりも一段深いレベルのリスクマネジメントが可能になります。


(2)低ボラティリティ戦略の再評価 ― 「安定株の謎」への新たな説明

研究では、低ボラティリティ銘柄(Low Volatility Stocks)に対して
7ファクターモデルの説明力が顕著に高まることが確認されました。

The model captures low-volatility anomalies that were previously unaccounted for by profitability or investment factors.
(これまで収益性や投資要因では説明できなかった低ボラティリティ効果を、新モデルは捉えている。)

従来のFama–French 5ファクターやCarhart 4ファクターでは説明が難しかった「安定株の超過リターン」や「高成長株の急反転現象」など、
市場アノマリー(異常リターン)をより正確に捉えられるようになったことは、ファクター投資(Factor Investing)戦略の精度向上に直結します。

特に、ETFやスマートベータ戦略を採用する機関投資家にとっては、Volume・Turnoverを新しいリスク要因として組み込むことで、
ポートフォリオの安定性とリターン最適化の両立が可能になります。


(3)市場局面に応じたファクター・アロケーション

7ファクターモデルの特徴は、ファクターの効果が市場局面(Regime)によって変化することです。

市場局面 有効なファクター 実務的示唆
強気相場(Bull) MOM・TURN トレンドフォロー・短期取引重視
弱気相場(Bear) VOL・RMW 流動性・収益性による守備重視
乱高下期(Volatile) VOL・TURN 行動的要因が支配的、短期リバランス有効

このように、Volume(市場全体の取引活動)とTurnover(個別株の取引頻度)は、
市場心理の温度計として機能し、ポートフォリオの「動的ファクター配分(Dynamic Factor Allocation)」に活用できると示唆されます。


5.2 研究者にとっての理論的意義

(1)行動ファクターの定量化 ― 「人間の癖」を数値で表す

本研究の最も重要な貢献は、
投資家の行動特性を資産価格モデルに定量的に組み込んだ点です。

Trading intensity reflects behavioral components of market dynamics — a missing dimension in traditional asset pricing models.
(取引強度は市場ダイナミクスの行動的側面を反映しており、伝統的資産価格モデルで欠けていた次元である。)

つまり、Volume・Turnoverは「企業の財務指標」ではなく、
投資家の感情・短期志向・リスク選好の変化を反映する変数です。

これにより、資産価格理論が
「企業の価値を説明するモデル」から
市場という生態系全体を説明するモデル」へと進化したといえます。


(2)市場マイクロストラクチャ理論との統合

VolumeやTurnoverは、単に株価の副産物ではなく、
注文フロー(order flow)流動性供給(liquidity provision)といった
ミクロレベルの市場構造(Market Microstructure)を反映する変数です。

Microstructure variables bridge the gap between investor behavior and equilibrium asset pricing.
(マイクロストラクチャ変数は、投資家行動と均衡資産価格を結ぶ橋渡しとなる。)

この点で、7ファクターモデルは
マクロ経済学的な「均衡価格理論(equilibrium pricing)」と
ミクロ的な「取引構造(microstructure)」を融合させた初期研究の一つと位置付けられます。


(3)今後の研究課題 ― 「7ファクター」のその先へ

Garmash氏は、今後の展望として次の3つを挙げています。

  1. 国際比較の検証
     欧州・日本・新興市場でもVolume・Turnoverが有効に機能するかを検証。
     → 行動要因の「文化依存性」も含めたグローバル分析へ。

  2. 要因の内生性(Endogeneity)分析
     出来高変動がリターンを「説明する」のか、「結果として現れる」のかを識別。
     → 原因と結果の方向性を明確にする。

  3. 非線形モデル化・AIによる拡張
     ディープラーニングを活用した非線形関係の検出。
     → ファクターモデルのAI化・高次元化の方向へ。

これにより、

7ファクターモデルは「完成形」ではなく、行動・流動性・AI解析を統合した次世代資産価格理論への中間ステップと位置づけられます。

5.3 まとめ ― 「市場の心理」を価格モデルに取り込む時代へ

7ファクター拡張モデルは、従来の財務中心の枠組みを超え、
行動経済学(Behavioral Finance)と市場マイクロストラクチャ理論を統合した点で画期的です。

観点 要点
実務的意義 Volume・Turnoverの導入により、危機期・流動性リスクをより正確に把握可能に。
理論的貢献 行動・流動性要因を資産価格理論に体系的に導入した初期研究。
今後の課題 国際比較、因果構造分析、AIによる非線形拡張が焦点。

6. 総括 ― 「7ファクター拡張Fama–Frenchモデル」が示す新しい資産価格理論の方向性


6.1 歴史的文脈 ― ファクターモデルの進化の流れ

Fama–Frenchモデルの誕生以来、金融経済学の資産価格理論は「リターンの差を何が説明するか?」という問いを中心に発展してきました。

その進化の系譜を振り返ると、本研究がどの位置にあるかが明確になります。

年代 モデル 主要因子 特徴
1960s CAPM (Sharpe, 1964) β(市場リスク) 単一リスクでリターンを説明
1993 Fama–French 3-Factor MKT, SMB, HML 企業規模・割安効果を導入
2015 Fama–French 5-Factor + RMW, CMA 企業の収益性・投資行動を追加
2018–2020 Carhart / FF6 + MOM トレンド効果を考慮
2025 Extended FF7 (Garmash) + Volume, Turnover 行動・流動性要因を統合

これまでのモデルはすべて「企業特性(firm characteristics)」に基づく説明を中心にしていました。
しかし、Garmash氏の研究が新たに導入したVolume(出来高)とTurnover(回転率)は、
市場の行動データ(behavioral data)」という全く異なる次元を加えた点で画期的です。

「企業がどう動くか」から、「投資家がどう動くか」へ。
本論文は、資産価格モデルの視点を供給側 → 需要側へとシフトさせました。


6.2 理論的意義 ― 財務 × 行動 × 流動性の三層構造

従来のモデルでは、株式リターンの差を「企業の財務指標(ROE、投資比率など)」で説明しようとしてきました。
しかし現実の市場では、株価変動のかなりの部分が投資家行動や流動性の変化に起因します。

7ファクターモデルは、このギャップを埋める新しい枠組みを提示しました。

内容 代表ファクター 対応理論
財務層 企業の収益性・投資行動 RMW, CMA 企業ファンダメンタル理論
行動層 投資家の心理・短期志向 TURN (回転率) 行動ファイナンス理論
流動性層 市場の取引強度・センチメント VOL (出来高) 流動性・マイクロストラクチャ理論

この3層を統合することで、モデルは「市場がなぜ動くか」を多面的に説明できるようになりました。

Garmash氏の論文が示す重要な示唆は、
「株価は企業の鏡ではなく、投資家行動の集約結果である」という点です。

したがって、行動・流動性ファクターを無視した資産価格理論は、
現代市場のダイナミクスを捉えきれないことを本研究は明確に示しています。


6.3 実証的成果 ― 「最も現実的な価格モデル」へ

本研究の検証では、Fama–French 6ファクターとの比較において
説明力(R²)・GRS検定・価格誤差(Pricing Error)のすべてで優位性が確認されました。

索引 FF6 FF7 改善 意味
平均R² 0.67 0.73 +9% モデル全体の説明力向上
GRS検定 p = 0.07 p = 0.32 改善の意図 統計的妥当性の確立
価格誤差 0.65% 0.48% -26% 実測リターンとの乖離が縮小

特に、高ボラティリティ期(リーマンショック・コロナ期など)における説明力が顕著に高まり、
Volume・Turnoverの導入によって市場変動期のリスク特性をより的確に捉えられることが分かりました。

Liquidity-based factors dominate during crisis periods.
(流動性要因は危機期において支配的な説明力を持つ。)

この結果は、「流動性=リスク」という新しい理解を裏付けるものです。


6.4 モデルの限界と今後の展望

Garmash氏は、自身の研究を完成形ではなく進化の過程と位置づけています。
特に以下の3つの課題が次世代研究の焦点になると指摘しています。

  1. 国際市場での検証
     アメリカ以外(日本・欧州・新興国)でVolume・Turnoverが有効かを確認する。
     → 文化的・制度的差異が投資家行動に影響するかを分析。

  2. 因果関係の識別(Causality)
     出来高の変化がリターンを生むのか、反応するのかを解明。
     → Granger因果検定・構造VARなどでの検証が期待される。

  3. AI/非線形モデルの統合
     ニューラルネットや勾配ブースティングによる非線形関係の探索。
     → 行動要因を深層学習モデルに組み込む「AI資産価格理論」へ。

The next stage of asset pricing lies in integrating behavioral data with machine learning techniques.
(次世代の資産価格理論は、行動データと機械学習の融合にある。)


6.5 結論 ― 「価格の裏側にある人間の動き」を読むモデルへ

Fama–French 7ファクター拡張モデルは、単なるファクター追加ではありません。
それは、資産価格理論が「数式中心」から「人間中心」へと進化したことを意味します。

このモデルが示した最大のメッセージは、

「市場は合理的ではなく、行動的である。しかし、その行動にもパターン(ファクター)は存在する。」

Volume(市場活動)とTurnover(取引頻度)は、投資家の心理・センチメント・反応速度といった目に見えない変数を数値化したものです。
それを理論体系に組み込んだ本研究は、ファンダメンタルと行動を結ぶ橋梁(ブリッジ)を築いたといえます。


6.6 本研究の位置づけまとめ

観点 コンテンツ
理論の重要性 財務・行動・流動性の三層を統合。資産価格理論の新次元を開拓。
実証的成果 R²・GRS・Pricing Errorで全指標改善。特に危機期に有効性。
実務的応用 流動性リスクの可視化・ファクター投資の精緻化・市場センチメントの数値化。
今後の課題 因果分析・国際比較・AIモデル化による拡張。

著者の最終結論(抜粋)

The extended 7-factor Fama–French model demonstrates that liquidity and trading behavior are integral, quantifiable components of systematic risk.
(拡張7ファクターモデルは、流動性と取引行動が体系的リスクの不可欠かつ定量化可能な要素であることを明らかにした。)

用語解説(7ファクター拡張Fama–Frenchモデル関連)

■ Fama–Frenchモデル(ファマ=フレンチモデル)

株式のリターン(収益率)を説明するために、Eugene Fama と Kenneth French によって提唱された多因子資産価格モデル
CAPM(市場リスク1本のモデル)の拡張で、企業の特性(規模・割安度・収益性など)を複数の要因(ファクター)として加えたもの。

  • 3ファクター:市場、規模(SMB)、割安度(HML)

  • 5ファクター:+収益性(RMW)、投資(CMA)

  • 6ファクター:+モメンタム(MOM)

  • 7ファクター:+出来高(Volume)、回転率(Turnover)


■ ファクター(要因)

株価リターンの変動を説明する要素(リスク要因)。
たとえば「小型株は大型株よりリターンが高い」「割安株は成長株より優位」といった一貫したパターンを数量化したもの。
投資家は、ファクターを利用してリスクプレミアム(超過リターン)を得ようとする。


■ CAPM(資本資産評価モデル)

Capital Asset Pricing Model の略。
「リターンは市場リスクだけで説明できる」とする古典的な理論。
Fama–Frenchモデルは、このCAPMでは説明できないリターンの偏り(アノマリー)を補うために登場した。


■ アノマリー(Anomaly)

既存の理論モデルでは説明できない株価の規則的パターン。
例:モメンタム効果、低ボラティリティ効果など。
FF7モデルはこれらのアノマリーをより多く吸収できた点が強み。


■ SMB(Small Minus Big/スモール・マイナス・ビッグ)

「小型株のリターン − 大型株のリターン」を表すファクター。
小型株が長期的に高リターンを出す傾向(サイズ効果)を捉える。


■ HML(High Minus Low/ハイ・マイナス・ロー)

「高簿価株(割安株) − 低簿価株(成長株)」の差を表すファクター。
割安株の超過リターン(バリュー効果)を示す。


■ RMW(Robust Minus Weak/ロバスト・マイナス・ウィーク)

「高収益企業 − 低収益企業」のリターン差を表す。
企業の利益率が高いほど株価リターンも高いという傾向。


■ CMA(onservative Minus Aggressive/コンサバティブ・マイナス・アグレッシブ)

「投資抑制企業 − 積極投資企業」のリターン差。
投資を控える企業ほど長期的に高いリターンを出す傾向。


■ MOM(モメンタム)

直近リターンの高い銘柄ほどその後も上昇しやすい「トレンド継続効果」を表すファクター。
短期的な投資家行動(買いが買いを呼ぶ現象)を数値化する。


■ Volume(出来高)

一定期間内に取引された株式数の総量。
市場全体の取引活性度や投資家の関心度を表す。
論文では「流動性」や「情報伝達のスピード」を測るファクターとして導入。


■ Turnover(回転率)

出来高を発行済株式数で割った値。
個別銘柄がどのくらい頻繁に売買されているか=投資家の短期志向を示す指標。
高い回転率は短期売買や行動的バイアス(焦り・過剰反応)を反映。


■ 流動性(Liquidity/リクイディティ)

「どれだけスムーズに売買できるか」という市場の滑らかさ。
流動性が高い市場ほど、情報が早く価格に反映される。
VolumeやTurnoverはこの流動性を数量化するファクターといえる。


■ 異常リターン(Abnormal Returnn/アブノーマル・リターン)

モデルで説明できないリターンの残差部分。
この「説明できない部分(α)」が小さいほど、モデルの精度が高いとされる。
GRS検定で統計的に検証される。


■ R²(決定係数/アール・スクエア)

モデルが実際のデータをどの程度説明できるかを示す指標。
0〜1の範囲で、値が大きいほど説明力が高い。
7ファクターモデルではR²が0.73と最も高く、説明力向上が確認された。


■ GRS検定(Gibbons, Ross & Shanken Test/ジボンズ=ロス=シャンクン検定)

資産価格モデルの妥当性を統計的に確認する手法。
モデルの「説明できない超過リターン(α)」がゼロであるかを検定する。
非棄却(p値が高い)なら、モデルが有効。


■ Mean Pricing Error(平均価格誤差/ミーン・プライシング・エラー)

モデルが実際のリターンをどれだけ正確に再現できるかの誤差指標。
小さいほど優れたモデル。FF7では最小(0.48%)。


■ 行動ファイナンス(Behavioral Finance)

投資家が必ずしも合理的ではなく、感情・心理・バイアスで意思決定することを前提にする学問分野。
本論文では、Turnover(回転率)をこの行動的要因の代理変数として利用している。


■ 市場マイクロストラクチャ(Market Microstructure)

市場内での注文・約定・情報伝達など、価格形成の「仕組み」を分析する理論。
VolumeやTurnoverは、このマイクロ構造的視点から導入された。


■ ファクターリターン(Factor Premium)

各ファクターに対応する平均超過リターン。
たとえば「モメンタム・ファクターのリターンが0.1%/月」といった形で示される。
VolumeとTurnoverもそれぞれ有意なプレミアムを持つと論文で確認された。


■ 市場β(Market Beta)

株式リターンが市場全体の変動にどれほど影響を受けるかを示す指標。
資本資産評価モデル(CAPM)で中核をなす概念であり、
β(ベータ)=1なら市場平均と同程度に動き、1より大きければ市場変動を増幅、1未満なら緩和する傾向を持つ。

関連する論文解説をもっと読みたい方は、[投資家のための最新研究論文まとめ] をチェックしてみてください。

関連記事

本記事では、最新のファイナンス研究(SSRNなどの学術論文)を「個人投資家が実務で使える形」で要約・解説しています。ミクロ構造・流動性・市場心理など、価格変動の本質に迫る研究を厳選。 金融・経済論文まとめ:投資家のための最新研究【論文[…]

スポンサーリンク
\情報配信中!/