「落ちるナイフ」本編
序章 ー「これはチャンスだ」
市場は揺れていた。経済指標の悪化、金利上昇、海外市場の混乱——投資家たちはリスク資産を手放し、株価は連日のように下落していた。
「今こそ絶好の買い場だ。勇気を出して買える者だけが勝つんだ」
佐伯涼介は、ディスプレイに並ぶ赤い数字を見つめながら、自分にそう言い聞かせた。
彼は三年前に投資を始めたばかりの個人投資家だった。最初は失敗も多かったが、最近は勝ちトレードも増え、自信がついていた。「安いときに買い、高いときに売る」というシンプルな原則を理解しつつあると思っていた。
そんな彼の目に飛び込んできたのは、ある成長株の大暴落だった。
「これは買いだ……!」
急落の理由
その銘柄は、IT企業「ネオヴィジョン」。
一時は革新的なAI技術で注目を浴び、株価も右肩上がりだった。しかし、決算発表で売上の成長鈍化が明らかになり、一夜にして12%も急落した。
「決算が少し悪かっただけで、これは売られすぎだ。企業の成長性に変わりはない」
涼介はそう判断し、全力で買いを入れた。
ナイフを掴む
だが、次の日も株価は下がった。
さらに次の日も——。
「ちょっと待て、どうしてこんなに売られるんだ?」
ニュースを確認すると、ネオヴィジョンの財務体質が予想以上に脆弱であることが市場に知られ始めていた。成長のために負債を積み上げていたが、金利上昇で資金繰りが悪化していたのだ。
涼介の背筋に冷たいものが走った。
「いや、大丈夫。今の価格はバーゲンセールだ。もう一度買い増ししよう」
彼は資金を追加し、ナンピン買いを続けた。
しかし、株価はさらに下落。
「おかしい、どこまで落ちるんだ……」
心理の崩壊
涼介は、パソコンの前から離れられなくなっていた。夜も眠れず、食事ものどを通らない。
「ここで売ったら、負けだ……!」
自分に言い聞かせるが、心の奥では焦燥感が広がっていた。
ある日、彼は投資仲間の中村に相談した。
「中村、ネオヴィジョン、どう思う?」
「……売ったほうがいい。落ちるナイフを掴んじゃいけない」
「でも、ここで売ったら損が確定する……」
「その考えが一番危ないんだよ」
中村の言葉に、涼介は何も言えなかった。
破滅への転落
さらに1ヶ月後、ネオヴィジョンの株価はついに建値から70%の下落を記録した。
会社の資金繰りは限界を迎え、事業縮小が発表された。市場は完全に見限り、株価は投げ売り状態だった。
涼介の投資資金は、1/3以下になった。
資金のほとんどを失った。
教訓
数か月後——。
涼介は相場を離れ、夜間のコンビニバイトを始めていた。
もう二度と投資はしない。
そう誓いながらも、彼はスマホで株価をチェックする習慣をやめられなかった。
「……もし、あのとき損切りしていたら」
何度も頭の中でシミュレーションする。
だが、どれだけ考えても、時間は戻らない。
彼は、ようやく理解した。
「落ちるナイフは、掴んではいけなかったんだ……」
(完)
おわりに
今回の主人公、亮介の反省点を振り返ってみましょう。
亮介の反省点は以下の通りです。
リスク管理の欠如: 亮介は、急落した株を「割安だ」と判断し、リスクを過小評価して購入しました。市場の急落には必ず理由があり、その背景を十分に理解せずに安易に手を出してしまったことが失敗の始まりです。
損切りの重要性を理解していなかった: 何度もナンピン(追加購入)を繰り返すことで、損失をさらに膨らませてしまいました。損切りのタイミングを逃し、「ここが底だ」と自分の予測に固執しすぎた結果、冷静な判断ができなくなっていました。
心理的な過信: 株の上昇を見込んで購入し、心理的に「これ以上下がらないだろう」と思い込んでしまいました。この過信が、さらに大きな損失を招く原因となりました。
感情に流されての判断: 株式投資において感情的な判断がいかに危険であるかを痛感する結果となりました。「後悔するくらいなら、まだ買い増しして救済しよう」といった心情が、最終的に更なる資産の崩壊を招いたのです。
執筆者の締め
この物語は、株式投資における「落ちるナイフ」の危険性と、その心理的な罠に焦点を当てました。亮介が犯した過ちを通じて、投資家が最も避けるべき失敗の一つ—過信と感情の管理の欠如—を学んでほしいと思います。株式投資は冷静さと理性を保ちながら行うものであり、無理なナンピンや損切りを避けることが、長期的な成功への近道です。今後のトレードにおいて、この物語から得た教訓を活かしてもらえれば幸いです。